人の限界は。。。

 
人の限界は、どの様に決まっていると思いますか?
 

自分は、「もうこれが限界だ!」と思ってしまう。

自分の限界は、自分が決めています。
 

例えば子供の頃、みんなで鉄棒にどれくらい長くぶら下がっていられるか、競争したことがあると思います。

10人くらいで、せーの!で一斉に鉄棒にぶら下がりました。

どんどん時間が経過し。。。
 

段々と鉄棒を握っている手が痛くなってきました。
 

「もう、ダメだ。これ以上は無理。」と思って、

鉄棒から手を離そうと思った瞬間、周りを見回してみると、まだ誰も鉄棒から降りていない。


 

「え〜」とビックリしながらも、「流石にビリにはなりたくない」という思いが湧き、

さらに歯を食いしばり、鉄棒を握る手に力を入れ、ぶら下がりを継続する。

この瞬間、自分の限界を超えています。
 

つまり、自分がもう無理だと思った時、これが限界だと自分で勝手に決めているのです

しかし、この鉄棒の例えのように、その限界は簡単に超えることが出来るのです

「人間の限界は、ない!」と言い切ってよいでしょう。

今の自分自身の状況を改めて見直しましょう。
 

いくつになっても

人間、いくつになっても成長していくことが出来ます。

自分が成長したいと思うかどうか。

その秘訣は、好奇心を持つかどうかだと思います。

これ面白そう、やってみたいと思ったら、
挑戦し、実際にやってみればいいのです。

勿論、何でも最初から出来るはずがありません。

楽しみながら続けていけばよいのです。

仮に60才で定年し、新たに何かを始めたとしても、
平均寿命近く80才までには、20年もあります。

20年も続けたら、一人前どころか
プロレベルにまでなっていることでしょう。

人生の中では、今が一番若い訳ですから、
今から日々成長し続けていきましょう。

いくつになっても

全ては遊び

前記事「不安や恐怖心は」で
自分の目の前に起こる出来事は、
何が起きても自分にとって必要なことである、
と書きました。

仮に、本当の自分は魂の存在で、
現在の人間の体は色々な体験をするための
乗り物・一時的な借り物と考えたら、

そして魂は、今世で自分が体験することを
予め決めて人間として生まれてきているとしたら。

過去記事「人生を楽しくするためには、私は主人公!」
書きましたが、

まさ今、自分が大変な人生を歩んでいると思っている人も、
目の前に起こる出来事は、
実は自分が主人公の単なる映画と同じだと
考えたらいかがでしょうか。

実際に三次元の物体があり、感触もありますが、
これら全てが映像だと考えたら、
自分の人生はリラ(遊戯)となります。

つまり人生は遊びと捉えて愉しめばよいのです。

そう考えたら、楽に人生を過ごせるのではないでしょうか。

人生を単純に遊びとして愉しめるかどうかが
分かれ道でしょうか。

全ては遊び