信念を曲げる

あなたは、信念を持って生きていますか?

たぶん、誰しもが、何かの信念を持って日々生きていると思います。

しかし、その信念が実は簡単に曲げられていると聞いて、どう思いますか?

この言葉を聞いただけではイメージが湧かないと思います。
では、例をあげて説明しましょう。

例えば、喫煙者の人、タバコは体に悪いこと、肺がんになることは
理解しているのに、やめられない。

では、喫煙者の人は、どういう信念を持っているのでしょうか?

タバコは、体に害を及ぼすが、自分は、1日に1箱も吸っていないから
ベビースモーカーと比べたらマシなので、特に問題ないであろう。

タバコは、体に害を及ぼすが、自分はジョギングとか健康に気を遣っているから
ちょっとタバコを吸うくらい大丈夫であろう。

タバコは、体に害を及ぼすが、自分は今まで大きな病気になったことがないし、
タバコを吸って長生きしている人もいる、自分だけは特別であると思っている。

タバコは、体に害を及ぼすが、
タバコを吸って肺がんで死ぬ確率より交通事故で死ぬ確率の方が高い。
等々。

どうでしょうか?

喫煙者は、本当は、煙草は害があって、いい事は全然ないのがわかっているのに、
色んな理由をつけて吸い続けています。

煙草に害があるのを理解しているのに、目の前の快の欲に負けています。
そして、一番問題なのは、自分自身の信念を曲げてしまっているということです。

さらに、信念を曲げているということは、思考と行動がイコールではない状況です。
脳の中は、矛盾が生じている訳ですよね。

そして、人間は、脳の中で矛盾が生じると、
思考と行動のうち、無意識に行動を変えてしまうのです。

これを、「認知的不協和」と言います。

煙草が害ということを理解しているのであれば、
それを貫くこと、煙草なんて吸わないことが信念だと思います。

でも実際には、煙草を吸っていてやめることが出来ない。

これは自分の信念を曲げて、行動を変えているということになります。
心の平安を保つために新しい概念を自分で作ってしまっています。

では、自分の信念を曲げないためにはどうしたらいいでしょうか?
これはまた今度書きますね。

[信念] ブログ村キーワード

波を越える

今回は、波を越える話をしたいと思います。

波を越えるとは、何の話?
サーフィンの話?
と思うかもしれません。

人間は感情の生き物です。と前回も書きましたが、

波を越えるとは、感情の波を越える話です。

「感情の波」 と聞いただけで、ピンと来る方もいらっしゃると思います。
感情は波です。

例えば、あなたにとって余りに理不尽が事が起きて怒ってしまったとしましょう。

怒りの感情が湧きます。

ウワーっと声を大にしたりして、その怒りの感情をあらわにします。

でも、その怒りの感情って、実際には、丸一日中続くことはあり得ないですよね。

その瞬間、怒りはピークに達するかもしれませんが、
時間が経つにつれて、段々と治まってくると思います。

そうなんです。
感情は、波なんです。

これがわかると、自分にとって嫌な感情が湧き起こった場合、
その感情の波が通り過ぎるまでじっと我慢することが出来ます。

その感情の一山の波が通り過ぎれば、また普通の状態に戻る訳ですから、
波が越えるのを待てるはずです。

前回の感情の命名と連動して対応すれば、今、○○○という感情が湧いたから、
この波が治まるまでちょっと我慢しようって対応が出来ます。

これで自分自身の感情をコントロールすることも可能ですよね。

仕事柄、よくお客さんと打ち合わせをするのですが、

以前、打ち合わせをした社長さんは大変怒りっぽい人でした。
虫の居所が悪いと、周りに怒鳴り散らしていました。

そこの社員さんも、社長に何かお願いごとをする時は、
常に社長の顔色を伺いながら対応するような状況でした。

かくして、私もその社長さんと打ち合わせを実施したことがあります。
が、その打ち合わせ中で、社長が納得出来ない事がありました。

その途端、段々と声が大きくなり始め、怒鳴り始めました。

その怒りは徐々にエスカレートし、
どこまで行くのやら?と思いながら眺めていたのですが、

大きな声で怒鳴りながら、机を握った手でガンガン叩いていました。
そんなに怒る程の内容なのかなーと思いながら眺めていました。

その怒鳴り声は、どれくらい続いたでしょうか、
たぶん時間にしたら10分程度だと思いますが、

そうしたら、声が段々と大人しく落ち着いて来て、
さらに時間が経過したら、最初同様に普通の対応に戻りました。

怒りの感情の波が越えたんだーと思ってそのまま対応していました。

普通に戻り、話をしていたはずですが、
話をしていたら、また怒りが込みあがって来たようで、再び、怒鳴り声に変わって来ました。

今度は机を叩くだけでなく、机の脚を自分の足で蹴飛ばしたり、
先程より激しくなりました。

とは言っても、一通り怒鳴り散らした後は、
また段々と声も戻って来て、再度には通常状態に戻りました。

第三者的な立場で、客観的に見ていたので、
この感情の波を越えるのが、なかなか面白かったです。

いい例を見せていただきました。

あなたも自分自身で良くない感情が湧いてきた時は、
その波を越えるのをじっと我慢しましょう。

実は人間は忘れっぽい生き物ですからね。

翌日になったら、
あれ、昨日は何か怒っていたような気がしたな
くらいの感じで、すっかり忘れていると思いますよ。

そして、相手の人が感情的になったら、
その相手の感情の波が越えるのを黙ってじっと受け入れて、待ってあげましょう。

相手の感情が落ち着いて、冷静になってから、
じっくりと話し合いを進めていきましょう。

相手の感情の波に飲み込まれないように。

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感情に命名

人間は感情の生き物と言われています。

今、この瞬間でも、
人間は無意識に、頭の中で何かを考え、(思考)
そして、心の中に何かを感じています。(感情)

人間は、感情を無くすことは出来ません。
感情は自然に湧いて来るものです。

目の前に起きる出来事や、自分の捉え方によって感じ方は異なります。
私達は一生、感情と付き合っていかないといけません。

では、どうするのがよいのか?

感情に名前を付けるといいと言われています。

何故、感情に名前を付けるといいのか?

感情は人それぞれ異なるからです。
そして、自分の中でもその時々で、感情の内容が異なるからです。

もうちょっと具体的に書くと、
例えば、「悲しい」と感じた場合、
まず、人によって悲しいの感じ方が違うはずです。

そして、自分の中の悲しいでも、
その時の状況や、起きるイベントで色んな悲しいを感じると思います。

自分の飼っていたペットが亡くなり、悲しい は、
寂しいが混じったような感じだと思います。

会社で自分の作った資料を上司から文句を言われやり直すような場合は、
怒りが混じったような悲しいだと思います。

このように悲しいでも、色んな感情が入り交じっていて、
悲しい という1つの単語だけでは表現しきれないんですね。

感情はとても複雑に組み合わさったものなんです。

感情 = 複雑

では次に、どうして感情に名前を付けるといいのか?

感情は理論から生まれてくるものではないです。
何かよく見えない、思考や別のところから生まれてくるものです。

そして、感情は自動的に発生し、コントロールすることは出来ません。

例えば、あなたの愛する人が、
自分の目の前で複数の男性に殴られ、そして犯されていたら、
あなたはどういう感情が生まれて来ますか?
そして、どういう行動を起こしますか?

きっと、自分の感情を押えきれずに、男性達に対して、行動を起こし
その結果、自分は刑務所へ送られるような結果になることでしょう。

つまり、湧き起こる感情をコントロールすることは出来ません。

でも、感情を理解し共存することは出来ます。

そう、ここで感情の命名が関係して来ます。

予め自分が感じた複雑な感情に名前を付けておけば、
それと同じ感情が湧き起こった時に、
自分で、ああ今あの感情が湧き起こってるんだと理解することが出来ます。

感情が湧き起こることはコントロール出来ませんが、
湧き起こった感情の存在を理解することは出来ます。

ですので、自分が感じた感情に名前を付けておきましょう。

その感情が湧き起こった時に、あっ今、この感情なんだと理解することが出来ます。

そして、その感情を受け入れましょう。

今後は新たな感情を感じたら、新しい名前を付けて行きましょう。
感情を理解して、共存して行くことが大事です。

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