全ては遊び

前記事「不安や恐怖心は」で
自分の目の前に起こる出来事は、
何が起きても自分にとって必要なことである、
と書きました。

仮に、本当の自分は魂の存在で、
現在の人間の体は色々な体験をするための
乗り物・一時的な借り物と考えたら、

そして魂は、今世で自分が体験することを
予め決めて人間として生まれてきているとしたら。

過去記事「人生を楽しくするためには、私は主人公!」
書きましたが、

まさ今、自分が大変な人生を歩んでいると思っている人も、
目の前に起こる出来事は、
実は自分が主人公の単なる映画と同じだと
考えたらいかがでしょうか。

実際に三次元の物体があり、感触もありますが、
これら全てが映像だと考えたら、
自分の人生はリラ(遊戯)となります。

つまり人生は遊びと捉えて愉しめばよいのです。

そう考えたら、楽に人生を過ごせるのではないでしょうか。

人生を単純に遊びとして愉しめるかどうかが
分かれ道でしょうか。

全ては遊び

流れに任せて

最近、極力思考を働かせず、
目の前の出来事に素直に従うようにしています。

例えば、先日の出来事、

移動中にちょっと小休止しようと思い
喫茶店を探していました。

すると、すぐ目の前に現れたのは、
ファーストキッチン。

ガラス張りなので、
店内を眺めてみると空席があることを確認。

お店に入ろうと思い、自動ドアの前に立つと、
あれ、自動ドアが開かない。。。?

最近は、自動ドアにタッチしないと開かないものもあるので、
そのタイプかなと思い、
扉 中央付近の色が付いているあたりを触ってみるも、
全く開く気配なし。

センサーの認識が悪いのかなと思い、
自動ドアの前で体を動かすが開く気配なし。

はたから見たら、
怪しいオジサンに見えていたことであろう。

しかし、自動ドアは開かず。

ここは今オススメではないんだと判断し、
別のお店を探すことにした。

通りをそのまま進んでいくと、タリーズを発見。

明らかにこちらの方が雰囲気が良い。
勿論、コーヒーの値段も高いが。

店内に入ると、ガラガラという感じで空いている。

そして2階に上がると、
ゆったりと座れるソファーも空いている。

ということで、
目先のファーストキッチンに囚われず、
流れに任せて先へ行ったことにより、
心地よい落ち着いた音楽を聴きながら、
ソファーにゆったり座って、
休憩することが出来ました。

現代社会のシステムの中で生きていると、
どうしても思考中心の生活になります。

xxしなければならないという
思考中心の行動をしていると辛いことが多いと思います。

が、自分の感情や想いに沿って
流れに任せてみることをオススメします。

流れに任せて

借り物

身体、思考、感情、
それらは全て別々のものと考えてよいです。

本当の自分の本質は魂であり、
人間としての身体は一時的な借り物です。

そして、沸き上がって来る感情も、
自分自身のものではないのです。

目の前の出来事に対して、
色々な感情が湧いてくると思っていますが、
実は感情に対応した出来事が目の前に起きているのです。

順番が全く逆なのです。

感情も、自分個人のものではなく、
大いなる源(ソース)から分かれたものです。

魂も感情も大いなる源(ソース)から分かれたもの。

つまり魂、感情も自分自身のものではない
(神から分かれたもの)と認識して生きていくと、
考え方がだいぶ変わってくると思います。

捉え方を変えるだけで、日々の生活が楽になるといいですね。

[感情] ブログ村キーワード

借り物